大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成8年(行ケ)302号 判決

アメリカ合衆国ニューヨーク州 10017 ニューヨークマディソン・アベニュ 350

原告

ザ コンド ナスト パブリケーションズ インコーポレーデッド

代表者

エリック シー アンダーソン

訴訟代理人弁理士

島田義勝

水谷安男

大阪府吹田市寿町2丁目9番13号

被告

オリオン粧品工業株式会社

代表者代表取締役

岸原耐治

訴訟代理人弁理士

樋口豊治

大内暢子

祐末輝秀

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成1年審判第12136号事件について平成8年8月29日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文1、2項と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告(審判被請求人)は、「マイヴォーグ」の片仮名文字を横書きしてなり、平成3年政令299号による改正前の商標法施行令別表(以下、同じ。)第4類「せっけん類(薬剤に属するものを除く。) 歯みがき 化粧品(薬剤に属するものを除く。) 香料類」を指定商品とする登録第1700789号商標(以下、「本件商標」という。)の商標権者である。なお、本件商標は、昭和55年4月24日に登録出願、昭和59年7月25日に設定登録、平成6年9月29日に商標権存続期間の更新登録がなされ、現に有効に存続しているものである。

原告(審判請求人)は、平成元年7月21日、本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求し、平成1年審判第12136号事件として審理された結果、平成8年8月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年9月11日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加されている。

2  審決の理由の要点

(1)  本件商標の構成及びその指定商品は、前記のとおりである。

(2)  これに対し、登録第655209号商標(以下、「引用商標」という。)は、「VOGUE」の欧文字を横書きしてなり、第26類「印刷物 ただし、この商標が特定の著作物の表題(題号)として使用される場合を除く」を指定商品として、昭和39年10月9日に設定登録、昭和50年8月1日、昭和59年9月17日及び平成6年9月29日に商標権存続期間の更新登録がなされ、現に有効に存続しているものである。

(3)  原告の主張の要旨

〈1〉 引用商標の周知著名性について

a 原告は、アメリカ合衆国ニューヨーク州に本部を有するとともに、フランス、イタリー、イギリス、オーストラリア、西ドイツ等に支部を有する国際的企業であって、引用商標の商標権者である。

引用商標は、1909年(明治42年)から永年にわたり世界各国において継続的に使用された結果、服飾雑誌に関し世界的に著名な商標として世界各国において認識され、「VOGUE」といえば世界的名声と権威を有するファッション雑誌を指すに至っている。

b わが国においても、原告提出の証拠を総合的に勘案すれば、引用商標が遅くとも本件意匠の登録出願日である昭和55年4月24日以前に周知著名性を獲得していたことは容易に推認できるところである。

〈2〉 商標法4条1項15号の規定違反について

本件商標は「マイヴォーグ」の文字よりなり、その構成中に引用商標の称呼である「ヴォーグ」の文字を含むものであるが、一般に、登録商標の著名度が高い場合には、その著名度の高い部分に世人の注意が集中し、当該著名登録商標の称呼、観念が生ずることは明らかである。すなわち、本件商標は、その構成の前半部に「マイ」の文字を含んでいるが、後半部の長年にわたり親しまれている「ヴォーグ」の部分に世人の注意が集中するため、本件商標からは「ヴォーグ」の称呼も生じ、かつ、その指定商品である「化粧品」等は、「VOGUE」誌の主たる掲載内容であり、ファッション商品そのものであって、「VOGUE」誌と密接な関係を有するものであるから、本件商標は原告が権利を有する著名な引用商標との関係で商品の出所混同が生ずることは明白である。

〈3〉 したがって、本件商標のように引用商標の称呼である「ヴォーグ」の文字をその構成要素の一部に含む結合商標が現実の商品流通過程におかれたときは、あたかも「VOGUE」誌の営業主体と同一あるいは少なくともこれと何らかの関係があるかのように、取引者・需要者をして容易に誤信せしめることは明らかである。よって、本件商標は、商標法4条1項15号の規定に該当し、同法46条1項1号の規定に基づいて登録を無効にされることを免れないものである。

(4)  被告の主張の要旨

〈1〉 本件商標は「マイヴォーグ」の文字からなるものであるから、本件商標と引用商標とは、その構成文字において共通するところがなく、外観上彼此相紛れるおそれはない。

〈2〉 本件商標は、常に「マイヴォーグ」と一連不可分に称呼するほかないものであるから、引用商標と称呼上相紛れるおそれはない。

〈3〉 引用商標が「流行」という明確な観念を有するのに対して、本件商標は明確な特定観念を生じない造語であるから、両商標は観念上も相紛れるおそれはない。また、仮に、本件商標から英語「my vogue」を想起した場合は、直ちに「私の流行」、すなわち「(余人にあらず)私なりに感受した流行」の観念が生ずると理解できる筈である。してみれば、本件商標を造語と解するにせよ解さないにせよ、引用商標と本件商標との間には観念上相紛れるおそれはないといえる。

〈4〉 本件商標及び引用商標の各指定商品は前記のとおりであるから、生産部門、販売部門、原材料、品質、用途、需要者の範囲等において両者間には共通点が皆無であり、商品的抵触はあり得ない。

結局のところ、引用商標と本件商標とは、外観、称呼、観念のいずれにおいても顕著な隔たりがあり、商品的にも隔絶しているから、彼此の混同を生ずるおそれはない。

(5)  よって判断するに、原告の主張及び原告提出の書証を総合すれば、現在では、フランス、アメリカ、ドイツ等世界各国で発売されている原告発行に係るファッション雑誌の「VOGUE」誌は、わが国においては、昭和28年頃から発売され、本件商標の登録出願時には既にデザイナーはもとよりファッション関連商品の取引者・需要者の間においても広く知られていたものと認められる。したがって、わが国において、「VOGUE」の文字からなる商標は、原告の業務に係るファッション雑誌の題号として、本件商標の登録出願時には著名性を獲得し、現在に至っているということができる。

ところで、本件商標は前記の構成よりなるものであるところ、「マイヴォーグ」の文字は、各文字が同じ書体で一連に表されてなるものであり、また、これより生ずると認められる「マイヴォーグ」の称呼も冗長というほどのものではなく、淀みなく一気に称呼し得るものであって、これを「マイ」と「ヴォーグ」の語から構成されているとみても、その結合状態は極めて強いということができるから、本件商標は全体として不可分一体のものとみるのが相当である。

しかも、原告の業務に係る「VOGUE」誌は日本語版が刊行されていない点を勘案すれば、その題号としては、発行以来、「VOGUE」の欧文字が使用され、片仮名文字は使用されなかったと推認せざるを得ない。

そうとすれば、「化粧品」が「VOGUE」誌の主たる掲載内容である点を考慮しても、本件商標をその指定商品の「せっけん、歯みがき、化粧品」等に使用した場合、取引者・需要者は、これによりファッション雑誌に使用されている引用商標を想起するとは判断し得ず、結局、本件商標は、商品の出所について混同を生ずるおそれはないといわなければならない。

したがって、本件商標は、商標法4条1項15号の規定に違反して登録されたものということはできないから、同法46条1項1号の規定によりその登録を無効とすることはできない。

4  審決の取消事由

審決は、引用商標がファッション雑誌の題号として本件商標の登録出願時に著名であったことを認めながら、本件商標から生ずる観念の認定を誤った結果、本件商標をその指定商品に使用しても取引者・需要者は引用商標を想起することはなく、本件商標と引用商標との間に商品の出所混同のおそれはないと判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  審決は、本件商標が「各文字が同じ書体で一連に表されてなるものであり、また、これより生ずると認められる「マイヴォーグ」の称呼も冗長というほどのものではなく、淀みなく一気に称呼し得るもの」と判断すると同時に、「これを「マイ」と「ヴォーグ」の語から構成されているとみても、その結合状態は極めて強いものということができるから、本件商標は全体として不可分一体のものとみるのが相当である」と判断している。

上記判断の前段は正当であるが、後段は誤りである。

すなわち、本件商標を構成する「マイ」の部分がわが国においても身近な英語「MY」を想起させ、かっ、「ヴォーグ」の部分は世界的に著名な「VOGUE」誌の題号のごく自然な片仮名表記であるから、本件商標が「マイ」と「ヴォーグ」とを結合して構成されていることは、通常の取引者・需要者ならば容易に認識し得るところである。そして、「マイ」と「ヴォーグ」の結合状態が極めて強く、全体として不可分一体のものというためには、少なくとも「マイ」と「ヴォーグ」のそれぞれに注がれる取引者・需要者の注目度に軽重の差がなく、かつ、全体として新たな固有の観念を生ずることが必要であると解される。例えば、「マイホーム」の語が「マイ」と「ホーム」とからなることは誰もが認識し得るところ、「マイ」と「ホーム」のそれぞれに注がれる注目度に軽重の差はないうえ、「マイホーム」の語は、全体として、「私の家」ではなく、「(借家に対する)持ち家」という新たな固有の観念を生ずるから、「マイホーム」の語は、「マイ」と「ホーム」の結合状態が極めて強く、全体として不可分一体のものということができる。

これに対し、本件商標を構成する「マイ」と「ヴォーグ」のそれぞれに注がれる取引者・需要者の注目度には、明らかに軽重の差がある。なぜなら、「マイ」の部分が「私の」という意味の身近な英語「MY」を想起させるにとどまるのに対し、「ヴォーグ」の部分は、世界的に著名な「VOGUE」誌を直ちに想起させるから(「VOGUE」は「流行」等の意味の英語及びフランス語であるが、わが国においては「MY」のように身近な語ではなく、取引者・需要者の多くが正確な意味を知っているとは考えられないから、本件商標を構成する「ヴォーグ」の部分から「流行」等が想起されることは少ないと考えられる。)、取引者・需要者の注意が「ヴォーグ」の部分に集中することは明らかである。そして、本件商標からは「私のヴォーグ誌」という観念が生ずるが、それ以上に新たな固有の観念は生じないから、「マイ」と「ヴォーグ」の結合状態は決して強くはなく、全体として不可分一体のものということはできない。

そうすると、本件商標の構成の中では「ヴォーグ」の部分が強く注目され、したがって本件商標から世界的に著名な「VOGUE」誌の観念が生ずることは明らかである。

この点について、被告は、「冗長というほどのものではなく、淀みなく一気に称呼し得る」標章が取引者・需要者によって全体として一体不可分のものと認識されることは当然であると主張する。

一般論としては被告主張のとおりであるが、「冗長というほどのものではなく、淀みなく一気に称呼し得る」標章であっても、その一部から特別の観念が生ずるような場合は全体として不可分一体のものと認識されることはないというべきであって、本件商標はこれに当たると考えられる。

(2)  審決は、本件商標が商標法4条1項15号の規定に該当しない理由の一つとして、「VOGUE」誌は日本語版が刊行されていない点を勘案すれば、その題号は発刊以来「VOGUE」の欧文字が使用され、片仮名文字は使用されなかったと推認せざるを得ない旨説示している。

しかしながら、「VOGUE」から自然に生ずる称呼が「ヴォーグ」あるいは「ボーグ」であることは明らかであるし、刊行物において「VOGUE」誌が引用されるときは、ほとんどの場合「ヴォーグ」あるいは「ボーグ」の片仮名文字で表記され、また、「VOGUE」誌の裏表紙に貼着されるシールや価格表等には「ヴォーグ」の片仮名文字が使用されている(なお、表紙の上段に「VOGUE」、下段に「ヴォーグ」の各文字が印刷されているイタリー語版「VOGUE」誌(甲第17号証)もある。)。したがって、審決の上記説示は誤りである。

(3)  審決は、本件商標をその指定商品の「せっけん、歯みがき、化粧品」等に使用した場合、取引者・需要者はファッション雑誌に使用されている引用商標を想起するとは判断し得ず、本件商標は商品の出所について混同を生ずるおそれはないと判断している。

しかしながら、審決がその論拠としている本件商標を構成する「マイ」と「ヴォーグ」の結合状態が極めて強く、本件商標は全体として不可分一体のものとみるのが相当であること、「VOGUE」誌の題号は発刊以来欧文字が使用され、片仮名文字は使用されなかったと推認されることがいずれも誤りであることは、前記のとおりである。

そして、「VOGUE」誌は服飾品・化粧品等の各種ファッション商品の宣伝広告を中心とする定期刊行物であるが、世界的に「一流かつ高級」のブランドイメージが確立されており、したがって、同誌に掲載される商品も「一流かつ高級」のイメージを獲得する。しかるに、本件商標は、世界的に著名な「VOGUE」誌を直ちに想起させる「ヴォーグ」の文字を含んでいるうえ、その指定商品である「化粧品」は、審決が認定するとおり「VOGUE」誌の主たる掲載内容である。のみならず、「VOGUE」誌の需要者と「化粧品」の需要者は女性が多い点においても共通するから、本件商標に接した需要者が、その商品は原告(あるいは、原告と何らかの関係がある者)の業務に係るものと誤認するおそれのあることは明らかである。

この点について、被告は、本件商標が商標法4条1項15号の規定に該当するか否かを判断するに当たっては、本件商標が引用商標の信用に只乗りする不正競業的なものか、引用商標の著名性は本件商標との間に商品の出所混同の蓋然性がある程度のものか、本件商標の登録を無効とすることは被告に酷に過ぎないか、無効審判請求について原告に横暴さはないか等の事情を参酌すべきである旨主張する。

しかしながら、ある商標が商標法4条1項15号の規定に該当するか否かは登録出願人の主観的な意図ととは関わりなく判断されるべきである。また、本件商標登録出願前のわが国における「VOGUE」誌の月平均販売数が後記の被告主張のとおりであることは争わないが、わが国における販売数が比較的少ないことが直ちに「VOGUE」誌が世界的に著名であることを左右するものではない。なお、本件審判請求が遅れたのは、他の同種事案の登録異議申立てに忙殺されていたからであって、他意はない。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  原告は、本件商標が「各文字が同じ書体で一連に表されてなるものであり、また、これにより生ずると認められる「マイヴォーグ」の称呼も冗長というほどのものではなく、淀みなく一気に称呼し得るもの」とした審決の判断を正当と認めながら、「これを「マイ」と「ヴォーグ」の語から構成されているとみても、その結合状態は極めて強いものということができるから、本件商標は全体として不可分一体のものとみるのが相当である」とした審決の判断は誤りであると主張する。

しかしながら、「冗長というほどのものではでなく、淀みなく一気に称呼し得る」標章は、取引者・需要者によって一体不可分のものと認識されることは当然であるから、原告の上記主張は矛盾である。

この点について、原告は、本件商標を構成する「ヴォーグの部分は世界的に著名な「VOGUE」誌を直ちに想起させるので、取引者・需要者の注意が「ヴォーグ」の部分に集中することは明らかであり、また、本件商標からは「私のヴォーグ誌」という観念が生ずるが、それ以上に新たな固有の観念は生じない旨主張する。

しかしながら、原告が援用する甲第5号証(田中千代著「服飾事典」)によっても、「ヴォーグ(Vogue)」は、第一義として「流行、人気、時流の意味」であり、第二義として「世界でもっとも名高いファッション・ブックの名前」とされている。そうすると、本件商標から、まず「私の流行(私なりの流行)」の観念を生ずることは否定し得ないところであって、本件商標からは「私のヴォーグ誌」という観念が生ずるがそれ以上に新たな固有の観念は生じない旨の原告の上記主張は当たらない。

2  引用商標がファッション雑誌の題号として本件商標の登録出願時に著名性を獲得していたこと、本件商標の指定商品である「化粧品」が「VOGUE」誌の掲載内容に含まれることは争わない。

しかしながら、本件商標が商標法4条1項15号の規定に該当するか否かを判断するに当たっては、本件商標が引用商標の信用に只乗りする不正競業的なものか、引用商標の著名性は本件商標との間に商品の出所混同の蓋然性がある程度のものか、本件商標の登録を無効とすることは被告に酷に過ぎないか、無効審判請求について原告に横暴さはないか等の事情を慎重に参酌すべきである。

しかるに、被告は、美容院・理髪店向けのシャンプー等の製造を目的とする会社であって、その製品はすべて子会社を通じて専門業者である美容院・理髪店に販売されており・一般の消費者に販売されることはないから、引用商標の信用に只乗りする実益は全くない。

また、本件商標登録出願前10年間のわが国における「VOGUE」誌の月平均の販売数は、英語版が1255ないし1665部、フランス語版が1687ないし3135部にすぎないから、引用商標のわが国における著名度は極めて限定されたものである。

さらに、原告の本件審判請求は、商標法4条1項15号の規定違反を理由とする無効審判請求の除斥期間満了の僅か4日前になされたものであって、被告が長年にわたり本件商標を使用してきた法的安定状態を覆すものであるから、許されるべきではない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  本件商標は、「マイヴォーグ」の片仮名文字を同じ書体で一連に横書きしてなるものであり、この構成から「マイヴォーグ」と称呼されることは当事者間に争いがない。

原告は、前記の認定に続いて本件商標を構成する「マイ」と「ヴォーグ」の結合状態が極めて強く全体として不可分一体のものとみるのが相当であるとした審決の判断について、そのようにいうためには、「マイ」と「ヴォーグ」のそれぞれに注がれる取引者・需要者の注目度に軽重の差がなく、全体として新たな固有の観念を生ずることが必要であるところ、「ヴォーグ」の部分は世界的に著名な「VOGUE」誌を直ちに想起させるので、取引者・需要者の注意が「ヴォーグ」の部分に集中することは明らかであり、また、本件商標からは「私のヴォーグ誌」という観念が生ずるが、それ以上に新たな固有の観念は生じないから、「マイ」と「ヴォーグ」の結合状態は強くはなく、全体として不可分一体のものということはできないとしたうえ、本件商標の構成の中では「ヴォーグ」の部分が強く注目され、したがって本件商標から世界的に著名な「VOGUE」誌の観念が生ずることは明らかである旨主張する。

原告の上記主張は、「VOGUE」誌が本件商標の指定商品である「せっけん類、歯みがき、化粧品、香料類」の取引者・需要者に広く知られており、「ヴォーグ」という標章が直ちに「VOGUE」誌を想起させることが一般的であることを当然の前提とするものである。

そこで検討するに、いずれも原本の存在・成立に争いない甲第5、第42、第51、第52、第54号証によれば、わが国において刊行された各種事典において、「VOGUE」誌は「ファッション・ブック」、「流行服飾雑誌」、「服飾雑誌」あるいは「婦人服飾流行雑誌」と説明されており、とりわけ前掲甲第42号証によれば、下中弥三郎編「世界大百科事典3」(平凡社1955年8月30日発行)の「ヴォーグ Vogue」の項には、「最も知られた流行服飾雑誌の名。(中略)一流デザイナーの最新の傑作の写真がのせられていることを特徴とする。大衆が服を作るための見本にするような一般的な服はあまりのっていない。」と記載されていることが認められる。したがって、「VOGUE」誌が婦人服飾関係の記事を主体とする雑誌であることは明らかであって、「化粧品」が「VOGUE」誌の掲載内容に含まれているとしても(このことは、当事者間に争いがない。)、「化粧品」がその主たる掲載内容であるとした審決の認定は誤りである。そして、「VOGUE」誌の日本語版が刊行されていないこと、本件商標登録出願前10年間のわが国における月平均の販売数が、英語版は1255ないし1665部、フランス語版は1687ないし3135部にすぎないこと(以上の点は、原告も争っていない。)に鑑みれば、「VOGUE」誌は、わが国においては、婦人服飾関係の専門家、あるいは、婦人服飾関係に強い関心を持つ者のみを読者層とする特殊な雑誌であって、化粧品等の需要者である一般の女性が市中の一般の書店で購入し、日常閲読するという類いの雑誌ではないと認定せざるを得ない。

そうすると、引用商標が本件商標の登録出願時に著名性を獲得していたこと自体は当事者間に争いがないが、その著名性は、わが国においては、あくまでも読者層が極めて限られた雑誌の題号としての著名性であって、人的な範囲においてかなり限定された著名性であると考えるのが相当である。

この点について、原告は、「VOGUE」誌の周知著名性を裏付ける証拠として甲第41ないし第77号証を提出する。しかしながら、これらの書証を検討しても、「VOGUE」あるいは「ヴォーグ」の名が、例えば一般の新聞紙上に登場したのは30年余の間に僅か8回にすぎず、しかもこのうち5回は同一の催し(ヴォーグ60年展)に関する同一時期のものであることが認められるから、「VOGUE」あるいは「ヴォーグ」の名が一般の新聞紙上において読者の目に触れることは極めて稀であったと考えざるを得ない。

したがって、「ヴォーグ」が「VOGUE」誌の題号のごく自然な片仮名表記であることは事実としても、本件商標の指定商品である「せつけん類、歯みがき、化粧品、香料類」の取引者・需要者一般において、本件商標を構成する「ヴォーグ」の部分から直ちに「VOGUE」誌を想起し、本件商標から世界的に著名な「VOGUE」誌の観念が生ずるとはいえないから、原告の前記主張はその前提において誤りがあり、採用することができない。

2  以上のとおりであって、本件商標をその指定商品の「せっけん、歯みがき、化粧品」等に使用した場合において、取引者・需要者は、これによりファッション雑誌に使用されている引用商標を想起するとはいえないから、本件商標が指定商品に使用されても、その商品が「VOGUE」誌の営業主体あるいはこれに関係ある者の業務に係る商品であると認識され、商品の出所の混同を生ずるおそれはないというべきである。この点に関する審決の認定判断は正当として是認することができ、審決には原告主張のような誤りは存しない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための期間附加について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 山田知司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例